「【コラム2】高岡壮一郎の経歴(企業~)」からの続きです。
新しいビジネスモデルで日本に変革を(2008年~)
高岡が富裕層限定のプライベートクラブ「YUCASEE(ゆかし)」会員からのニーズに応じて、2008年から始まったアブラハム・プライベートバンクの海外ファンド助言事業は、富裕層を中心に顧客からの支持を得て急成長した。
大きなきっかけは、リーマンショックがあった。日本の富裕層の多くはそれまで、大手証券会社に頼っていたが、リーマンショックなどの世界的な金融危機などによって生じる下落相場でもしっかりと利益の出せる海外ファンドでの資産運用を強く望む声が多かった。また、海外ヘッジファンド側でもリーマンショックをきっかけに、機関投資家だけでなく、個人投資家にも目を向けるようになっていた。
日本最大級の富裕層限定コミュニティ「YUCASEE(ゆかし)」を通じて、日本人富裕層と海外ヘッジファンドがダイレクトにつながる流れができたのだ。
高岡が投資助言業を開始するや否や、海外版『ウォール・ストリート・ジャーナル』や『ロイター』を見た海外ファンド会社からの問い合わせが殺到した。貴重なファンド情報が集まることで口コミで国内の富裕層が集まり、日本最大級の富裕層プライベートクラブということで、世界中の優良ファンドの情報が集まり、好循環を生み出した。結果、投資助言残高は急成長、個人向けの海外ファンド専門の投資助言会社としては国内サ台規模となった。
当時の富裕層の顧客からは、このように言われていたという。「ここはまるで長崎の出島だね。金融鎖国の日本にはない本当に投資家のためになる情報がある」と。
監査法人トーマツが主宰する急成長テクノロジーベンチャーを表彰する賞である「デロイトトウシュトーマツリミテッド日本テクノロジーFast50」において、直近3年間の売上高成長率119%を記録し、国内20位を受賞した。2011年の12位に続く、2年連続の受賞となった。大手証券会社からの転職者も増え、会社の業容も拡大していった。
2012年5月に『週刊文春』の『月10万円から始める「資産1億円」への道』という特集がきっかけで一般的な認知が広まり、ストックを持つ富裕層だけでなく、フローを持つ高額所得者からの反響が殺到した。そこで10万円から5万円に下げて、「月5万円で1億円」というキャッチコピーで、30代・40代をターゲットにして、海外ファンドで長期分散投資しながら毎月積立をする仕組みである「いつかはゆかし」というサービスを2012年10月にリリースした。
日本では当時から、「国民の9割が将来の年金に不安を持っている」という調査があった。老後に必要な資金は1億円といわれていた。しかし、日本には年利10%を超える長期実績のある商品は1つもなかった。ところが、海外ヘッジファンドに目を向けると、年利10%以上の実績のあるファンドが存在している。
「いつかはゆかし」とは、毎月5万円ずつ積み立て投資することで1億円の純金融資産を目指し、富裕層限定プライベートクラブである「YUCASEE(ゆかし)」に「いつかはいれたらいいね」、そういうコンセプトのもとに活動を行った。
高岡は、心からこの新しいビジネスモデルによって日本を変えたいと思っていた。そのために、日本の年金問題という社会的課題を解決する事業と位置づけ、テレビCMや新聞への全面広告を含めて大々的に宣伝を行った。その後は、日本で成長したモデルを他国で横展開すべく、香港に証券子会社を新設、世界展開に向けて手を打った。
高岡は成長企業の経営者として様々な会合に呼ばれ、香港やヨーロッパに招待されたり、クラシック・コンサートのスポンサーを頼まれたり、サッカーチームを購入しないかと持ち込まれたりした。しかし、空高く舞い上がれば舞い上がるほど、地面に落ちたときのダメージは大きい。大きな苦難が待ち受けていた。
「【コラム4】高岡壮一郎の経歴(挫折と再起動~)」に続く。